湯浅さんの「美容師と街への情熱」
ドレッドなど、特殊な髪型の中には、お店によってできない髪型もありますよね。他にも、ここだったらできるよ、というような髪型はありますか?
ドレッドやブレイズ、コーンロウと言って特殊なヘアセットは、おそらく宮崎県でしたら当店と、あと何人か、対応できる美容室は多くはないと思います。
なぜそのニーズもカバーしようと思われたのですか?
学生の時からずっと、ヒップホップやレゲエが好きで、そこに関わりたくて美容師を始めたんです。
でもそれだけだとご飯は食べられないと子供ながらに思っていたので、だったらちゃんと全部できるように覚えなきゃと思ったんですね。
美容師を目指されたのは、おいくつぐらいからですか?
美容師になろうと決めたのが、中学校2年生ぐらいのときでした。
友達と髪を切りあっていて、その中で僕が1番上手かったんです。
中学生になると周りから「美容師に向いてるんじゃない?」と言われ、それから中学校2年生の終わり辺りで「もうこれでご飯を食べていく」と漠然とですが、自分の中で決めました。
ドレッドもやりたいなと思ったのも同じくらいの時期ですか?
そうですね。
ヘアカラーにしても、ここ最近は普通の方達も様々な色を楽しむようになりましたが、僕が美容師になった当時はビジュアル系バンドのファンの方ぐらいしか赤や青に髪を染める人はいなかったんです。
僕はそういう「色」をずっとやりたいと思っていたし、自分が美容師になるなら、自分が好きでやりたいジャンルを得意にしたかったんです。
思いのベースにカルチャーがあるのですね
そうですね。
ただカルチャーの中で僕は洋服とかではなくて、髪の毛の方に行った感じですかね。

トレンドからクラシックまで幅広く対応するためには、かなり勉強されたのではないでしょうか
専門学校に進学しようと思っていたので、当時の担任の先生に勧められた高校に行ったのですが、行ってすぐ「やりたいこととは違うな」と思い、2年で辞めたんです。
それから1年ぐらいの間にお金を貯めて、そのまま上京してすぐ働き始めました。
すぐ美容室で働き始めたんですか?
そうですそうです。
すごい行動力ですね
当時勤めていたお店に「通信制で美容学校に行っておいで」と言われたので、働きながら学校にも通っていました。
上京して、働き始めた美容室で最初の仕事はお掃除などですか?
そうそう、ザ・下積みです(笑)
シャンプーをさせてもらえるようになるまで8か月ぐらいかかっているので、それまではひたすら雑用ばかりでしたね。
見て盗め、みたいな教えだったんでしょうか
その下地すらできていなかった状態です。
「ダッカール」も知らない、「コーム」と言われても「コーム?櫛かぁ」という状態で美容業界に入ってしまいましたから。
土台の土台からだったんですね
そうですね。
歩き方、喋り方からでした。
歩き方もですか?
田舎から出てきた16、7歳の、歩き方も靴を踵で擦って歩くことが僕の中で普通だと思っている頃の子供でしたから。
車の免許もなかったし、言葉遣いも田舎言葉でしたし、そういう状況もありなかなか難しかったんですよね。
そのお店にたどり着くまでにも70件ぐらい断られていたんです。
そんな中でようやく、一つのお店が、僕を面白がってくれたんです。
ご夫婦でされている、神奈川県横浜市の奥の田舎にあるお店が拾ってくださって。
そのご夫婦も、当時は今の僕ぐらいの年齢だったと思うのですが、ちゃんと美容師として矯正してくれました。
70件で諦めないのは、美容師になるという強い意思があったんですね
東京都に来てしまいましたし、それしかないと思っていたんですよ。
それにそのお店に勤めることが決まるまで日雇いのバイトをいろいろやってみましたが、やっぱり僕は美容師になりたいと思ったんです。
そこではどれくらい働かれたんですか?
最初のお店で2年働きました。
上京した一番の理由は、原宿で美容師を経験したかったからなんです。
でも当然、原宿エリアではまず当時の僕では働けないので、まずは横浜から出発して、徐々に都内に近づいていきました。
最初のお店は郊外にある、ある程度どんなスタイルもやるようなお店で、すごく勉強になりました。
自分の中でこれを覚えたら次こういうお店に行こう、その次はこういうお店でこれを覚えよう、と計画を立てていて、東京都での最後の3年間は原宿で働きました。
すごい!有言実行ですね!
ご年配の方が多くいらっしゃる美容室でも働きましたし、流行りのスタイルのオーダーが多いお店でも働きましたし、とにかく全部を見ようと思っていましたね。
宮崎県に帰ろうと思ったきっかけは?
30歳までに宮崎県に戻らなかったら、ずっと東京都にいるだろうなと思っていたんです。
25歳で結婚して、26歳ぐらいでこの仕事でご飯が食べれるようになったくらいのときでしょうか。
当時住んでいたのがセンター街を通っていくような場所で、子育てなど今後のことを考えたときに東京都では大変だと思ったんです。
それに東京都でやりたかったことはある程度できたので、宮崎県に帰ろうということになりました。
それから大塚町のお店で働き始めたんですね
僕が初めてパーマをかけた時の美容師さんが、大塚町で美容室をされていたんです。
高校を辞めた当時、その方に「高校を辞めたんですけど、どうしたらいいですか?」と相談したら、見習いから働くしかないと教えていただいたんです。
その時初めて、見習いという方法を知って、「とりあえず東京都に行ってきます」という話しもしていました。
その後、ここを見つけて、agiliさんがオープンするんですね
はい、30歳のときでした。

四季通り商店街にお店を出された当初は、街の様子はどうだったんでしょうか?
ちょうどagiliがオープンした時が、街が一番閑散としていたときだと思います。
当時このビルもガラガラでした。
今はこんなに入っているのに?!
そう。
洋服屋さんと、下にレコード屋さん、奥にイタリア料理屋さんがあったぐらいで、他はほぼ全部空いていたので選び放題でした。
想像がつかないですが、そういう時期もあったんですね
そうなんですよ。
オープンの時は、商店街も「貸」「貸」の貼り紙ばかりで、多くの店舗にシャッターが降りていました。
周りからは「嘘でしょ?」「人いないよ?」と反対されたりもしましたね。
今でもその貼り紙があるところもありますが、少しずつ人が戻ってきたんですね
駅前にアミュプラザ宮崎ができるという噂が立った時ぐらいから、空いたら入る、空いたら入るという状態になったと思うんですよね。
四季通り商店街さんには、長く営業されているお店が多いですよね
安定してますよね。
四季通り商店街は雰囲気が良いですしね。
agiliさんの「美容師としてのプライド」
こういうオーダーが得意!というのはありますか?
「おまかせ」でしょうか。
おまかせと言われたときに、どういうふうに考えていくんですか?
まず、そのお客様のライフスタイルを最低限聞いた上で、どこまで切っていいかなどを伺います。
それから、かっこいい系と可愛い系どちらが好みか、その辺りを探りつつ、「このお客様は絶対このヘアスタイルはやったことがないだろうな!」というところを提案してみたりもします。
僕が原宿で働いた時1番良かったと思うのは、原宿の美容室へいらっしゃるお客様は「流行の最先端をいく原宿の美容師に髪を切ってもらう」という楽しみを持ってご来店されます。
それにものすごく憧れて原宿で働いたのですが、いざ現場で鏡の前に立った時に、とてつもないプレッシャーを感じました。
変な話、僕が「これがかっこいいんだよ」と言えば、お客様も「原宿の美容師が言うならそうなんだ」と、それがかっこいい、になってしまうんですよね。
ですので、勉強不足も痛感しましたし、その分、「原宿でやれた」ということが僕のすごく大きな財産になりました。
「これが流行っているから誰がやってもカッコよくなる」ではなく、「その流行のスタイルがちゃんとお客様に合っているか」を見抜く力は、経験値として他店よりあるのではないかなと思います。
たしかに、流行だけどそれが自分に似合っている髪型なのかどうか不安なときがあります。
そこなんです。
流行りものを取り入れたとしても、ちゃんとその人に似合っていることが大事なんです。
それだけ提案できるための引き出しを作っていく作業は、簡単なことじゃないですよね
そうですね。
美容師としての理想は、「agiliは2つ言えばやりたいヘアスタイルを理解してくれる」とお客様に思っていただくことです。
言葉にするのが難しくても、ふわっでも伝えられたら、その髪型にしたかったの!と、お客様がイメージしたものをお客様に似合った状態で形にできることが、理想とする僕の美容師像です。
私(インタビュアー)もそうだったのですが、なかなか自分に合った美容室を見つけられない方も多いと思うんですよね
美容師というのは人対人の商売であり、しかもその方の持っている素材を使って料理する商売です。
それに、みんなが良いという美容室が必ず自分にも合っているかというと、そうではない場合もありますよね。
そこを一番に大事にしているかもしれないです。
人の作ったスタイルを自分で再現して、作り方を覚えることも大事です。
でも、それは自分で作ったスタイルではないので、そこを評価されたとしてもその人自身の評価ではないんですよね。
このスタイルを作れるようになったから美容師だという美容師は、ただ美容師の真似事がうまい美容師なだけなんです。
例えるなら、ずっとコピーバンドをしているだけで自分の曲は全く作らない、というような(笑)
僕の中では、当店のスタッフには美容師としてずっとご飯を食べてほしいんです。
ですので美容師に関する技術や取り組む姿勢については厳しく言っているし、僕もそこは負けないです。
お客様にすごく気に入ってもらえるか、すごく嫌われるかのどちらかにしなさいと言うんです。
爪跡を残しなさいと。
印象に残らない美容師ほど、美容師をやっている意味がないと思うんです。
誰でもできることはしない、ということですか?
今日のあのお客様にとって、あのスタイルは別にあなたじゃなくても作れるスタイルだったんじゃない?
あなたが担当しましたという印をなんでつけないの?と、スタッフに聞くことはあります。
10人中10人に好かれるような美容師になる必要はないと思うんですよね。
そこはagiliで美容師をされる皆さんにとって、やりがいの1つになりそうですよね。「髪を切ってもらうのはagiliのあの人がいい」という長く付き合える理由にもなりそうです。
そうですね。
髪の毛のことだったら、agiliのあの人に言えば間違いがない、と思っていただけることが大事なんです。
すごく難しいことなんです、スタッフにも難しいことを言うけれど、それがagiliの売りなのではないかと思います。
もちろんその分、僕たちはたくさん勉強しないといけないです。
その人にちゃんと似合うようにということは、ヘアスタイルだけの勉強だけじゃないですよね
そうです。
この業界しか知らなかったらその狭い世界の中でしか提供できないので、モードなもの、カジュアルなもの、幅広くちゃんと分かっておかないといけないので、かなり勉強しますね。
ファッション、音楽、かなり広いですよね
そういうものがカルチャーやトレンドを作っていくと思っていますし、実際に僕もその中で育ってきました。
お客様の見た目に関する商売をしている以上は、僕たちはプロとして責任があるんです。
間違ったおしゃれに対してはちゃんと、間違っていますよ、と伝える勇気も必要ですよね。
それくらい責任持って、美容師の仕事はやるべきだなと思います。
美容師の仕事をやっていて、1番嬉しい、達成感がある瞬間は、どんな時ですか
美容師をしていてよかったと思うのは、本当に毎日お客さんの反応に尽きますね。
このスタイルがつくれたぞ!ということより、今はお客さんの反応を見られることに満足というか、続けてきて良かったなと思います。
信頼関係ですよね
そこに尽きますね。
東京都に上京してからの今までの下積みが全部報われる瞬間でもあります。

Instagramのストーリーで拝見したのですが、開催されている講習会は美容師さん向けのものですか?
美容師さん向けです。
オファーがあった時だけ、講習会をしています。
内容はヘアカラー系の講習が多いですね。
こういう色を出したいけれど出せないという悩みや、ブリーチが必要なカラーが多くなってきつつあるので、ブリーチの根本的な考え方についてなどを話します。
これまでブリーチを毎日するお店が少なかったこともあり、新人もベテランも関係なく、美容師さんでもブリーチに苦手意識がある人は結構多かったんです。
逆に講習に行かれることもありますか?
ありますね。
自分が知らないことや、あの色はどうやって作っているんだろう?あの人のレシピはどうなっているのだろう?と気になった講習には参加しています。
当店の若いスタッフに教えてもらう時もありますよ。
今の10代の子の前髪についてとか。
ああ!難しいですよね
どうやって作ってるの?あれ、どうやったら可愛いの?って(笑)
そこに関しては絶対、若い子の方が分かっているんですよね。
分かっていない人が切るのと分かっている人が切るのでは、必ず仕上がりに差が出るんです。
技術面だけでしたら多分、僕の方が上手いと思いますが、仕上がりを見たときにお客様はきっと「なんか違う」「こういうことじゃない」という違和感が出てしまうんですよ。
そういった部分は、年齢や経験年数も関係なく常に新しいトレンドが出てくるので、ちゃんと理解するために聞くようにしています。
講習はオンラインでもされるんですか?
僕はまだオンライン講習をしたことはないですが、そういう話があればやります。
断らないというのが当店のスタンスなので。
